非城識人ノート

日本の城、中世史、読書、思いつき…など

日本史史料研究会編『秀吉研究の最前線 ここまでわかった「天下人」の実像』(洋泉社歴史新書y、2015年)

日本史史料研究会編『秀吉研究の最前線 ここまでわかった「天下人」の実像』(洋泉社歴史新書y、2015年)読了。
秀吉の政策として著名な「太閤検地」「朝鮮出兵」「キリスト教禁止」などや、あまり知られていない秀吉と武家官位や朝廷の問題、また秀吉の出自にかかわる研究など、多種多様なテーマを取り上げ、それぞれを最新の研究成果に基づき叙述する一冊。

f:id:sagisaka6656:20210629175305j:plain
日本史史料研究会編『秀吉研究の最前線 ここまでわかった「天下人」の実像』(洋泉社歴史新書y、2015年)

概要と感想

本書の目次は以下の通り。
はじめに
【第1部】政治権力者としての実像とは
五大老五奉行は、実際に機能していたのか(堀越祐一)
秀吉は、「大名統制」をどの程度できていたのか(光成準治)
秀吉は、天皇・公家衆を思いのまま動かしていたのか(神田裕理)
秀吉は、官位をどのように利用したのか(木下聡)
知られざる秀吉政権・黎明期の家臣たちとは(岡田謙一)
【第2部】誰もが知っている秀吉が命じた政策
太閤検地」は、秀吉の革新的な政策だったのか(鈴木将典)
「刀狩」は、民衆の武装解除をめざしたのか(荒垣恒明)
秀吉が命じた「惣無事」とは何だったのか(竹井英文)
秀吉による「天下統一戦争」は定説どおりか(長屋隆幸)
秀吉は、なぜ挑戦に出兵したのか(小川雄)
【第3部】秀吉の宗教・文化政策の実像
秀吉は、なぜ京都東山に大仏を造立したのか(生駒哲郎)
秀吉は、なぜキリスト教を「禁止」したのか(清水有子)
秀吉の人生にとって「茶の湯」とは何だったのか(大嶌聖子)
【第4部】秀吉の人生で気になる3つのポイント
秀吉の出自は、百姓・農民だったのか(片山正彦)
秀吉は、本能寺の変後から全国統一をめざしていたのか(金子拓)
秀吉は、家康を警戒していたのか(平野明夫)

本書は、天下統一を成し遂げた秀吉が行った「太閤検地」や「刀狩」「惣無事」「キリスト教禁止」などの著名な政策について、その実態・実施状況について最新研究を踏まえて述べられているほか、五大老五奉行制や官位秩序による大名編成などの、大名統制についての様々な論点を理解しやすくまとめられている。また秀吉の出自についての研究史をまとめた片山氏の論考は、非常にわかりやすくまとめられており印象的だった。

気になったところ

城郭を主な関心とする本ブログとしては、光成準治氏の論考に注目したい。氏は、秀吉の大名統制として知られる「城割」「城下集住」の2つの政策をあげ、それぞれの実施状況を紹介している。「城割」については、毛利氏に対して豊臣政権は強制できない状況であり、島津氏に対しては強制したものの十分な城の破却はされなかったという。「城下集住」に関しても、築城当初の広島城下町では、上層家臣団でも常住率が高くなかった点、長曾我部氏の浦戸城下でも城下集住を強制する原則は存在しなかったという研究成果を紹介している。これらのことから、豊臣政権の大名統制には限界があった点を指摘している。
「城割」については、近年、福田千鶴『城割の作法』(吉川弘文館、2019)も上梓されている。


福田氏も同書で述べるように、豊臣政権は自律的な城割を志向する傾向がうかがえるため、城割を大名統制策として強制できたのかについては、より深く検討する必要があると考える。