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日本史史料研究会編『信長研究の最前線 ここまでわかった「革命者」の実像』(洋泉社歴史新書y、2014年)

日本史史料研究会編『信長研究の最前線 ここまでわかった「革命者」の実像』(洋泉社歴史新書y、2014年)読了。
近年の織田信長研究についての14項目のテーマから、従来の信長像との認識差を明らかにする1冊。

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日本史史料研究会編『信長研究の最前線』(歴史新書y)

概要と感想

本書の目次は以下の通り。
はじめに
【第1部】政治権力者としての実像とは
信長は、将軍足利義昭を操っていたのか(木下昌規)
信長は、天皇や朝廷をないがしろにしていたのか(神田裕理)
信長は、官位を必要としたのか(木下聡)
織田・徳川同盟は強固だったのか(平野明夫)
信長は、秀吉をどのように重用したのか(小川雄)
【第2部】信長は軍事的カリスマか
桶狭間長篠の戦いの勝因は(長屋隆幸)
信長は、なぜ武田氏と戦ったのか(鈴木将典)
信長を見限った者たちは、なにを考えていたのか(天野忠幸)
明智光秀は、なぜ本能寺の変を起こしたのか(柴裕之)
信長は、なぜ四国政策を変更したのか(中脇聖)
信長家臣団における「勝ち組」「負け組」とは(片山正彦)
【第3部】信長の経済・文化政策は特筆されるか
信長の流通・都市政策は独自のものか(長澤伸樹)
信長は、宗教をどうとらえていたのか(生駒哲郎)
信長は、文化的貢献をしたのか(大嶌聖子)

本書の特徴は、従来の天下人織田信長像に囚われず、最新の戦国史研究の視点から信長の政策・戦略に迫る点である。そのため、信長研究そのものだけでなく、秀吉や家康、他の戦国大名、朝廷の研究など、信長研究に隣接する研究の視点から信長を再評価している。
特に、平野氏の論考は徳川家康研究の視点から信長との同盟を考察し、鈴木氏は武田氏研究の視点から信長との外交関係を見直している。天野氏も松永久秀荒木村重の研究から信長との関係性を考えるように、他の戦国大名研究の視点から見た信長像を提示しているのが本書の魅力の1つだ。
また、本能寺の変に関して注目される研究についても柴氏と中脇氏が論考している。光秀が取次をつとめた長宗我部氏との関係性や、信長の四国政策における三好氏の位置など、近年の本能寺の変に関する研究成果が反映されている。
信長の経済政策・宗教政策・文化面についてもテーマが設定されている。特に長澤氏の論考は、信長の経済政策として著名な楽市楽座についての研究を押し進めるものであり、地域の状況に即した経済政策を行ったという信長の新たな一面を明らかにしている。

気になったところ

長澤氏の論考のなかで、「湖の城郭網」についての考察がされている。「湖の城郭網」とは、信長の居城安土城を中心に、坂本・長浜・大溝の各城を湖岸の要衝に配置し、琵琶湖の制海権を握るためのネットワークのことで、湖上交通の軍事的利用をめざす信長の交通政策として知られる。長澤氏は、琵琶湖が東国や北陸からの物資を京都へ運ぶうえで欠かせない交通の大動脈として認めた上で、信長による湖上水運の掌握・利用があくまでも一時的なもので、史料などを踏まえると陸路の利用も重視するべきだとしている。琵琶湖の湖上交通については、地政学的に考えられることは多かったものの、実際に史料を確認することで、その存在や交通の状況を浮き彫りにする必要性を感じた。水上交通の存在と城郭の立地を結びつけるには、史料の博捜の上で再考していかなければならないと考えた。

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