非城識人ノート

日本の城、戦国時代、中世史、思いつき…など

藤木久志著『城と隠物の戦国誌』(ちくま学芸文庫、2021年)

藤木久志著『城と隠物の戦国誌』(ちくま学芸文庫、2021年)読了。
本書は2009年に朝日新聞社より刊行された同名著書が文庫化されたものである。

戦国時代、戦乱の被害にさらされた村びとは、どのように自己の命と財産を守ったのか。戦国時代の城や隠物という行動などの危機管理策に着目し、人々が生み出した「生命維持の習俗」(サバイバル・システム)を解き明かしていく一冊。

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藤木久志著『城と隠物の戦国誌』(ちくま学芸文庫、2021年)

概要と感想

本書では、戦国時代の人々の危機管理方法として、①戦国の城の役割と、②村の隠物・預物の2つに注目している。

戦国の城は、武士が民衆を支配する拠点であるが、著者はそこに民衆の避難所としての役割を見出している。
戦国大名の支城は、その支城が支配する領域の村々によって維持管理されていた。戦国大名北条氏は村に対して「大普請」や「末代請切普請」といった夫役を課していた。それは村の貫高ごとに普請箇所(塀の普請など)が割り当てられ、用材費に関しては村の納める畠年貢(懸銭)から控除されるという、村々による日常的な城のメンテナンスのシステムであった。そして著者は、村々がこうした城の維持管理を引き受ける背景に、城が民衆の避難所として機能していたことがあったとしている。
北条氏領国の小田原城鉢形城川越城・岩付城などは戦争の危機に晒されると、町人や百姓は城の外曲輪や惣構えに避難していた。同様の事象は、豊臣秀吉による九州征伐の対象となった城でも見られ、戦国時代の城に民衆の避難所としての役割があったことを明らかにしている。


次に、戦争が訪れた村の人々が、自己の財産・持ち物を穴を掘って土中に隠したり、貴重品は地域の神社や寺院や土倉・他の村に預けたりした。城(または神社や荘園の政所)が村びとの避難所になったように、「聖なる空間」である地域の寺社は「物のアジール」になった。また他の村へ物を預けるという行動には、預物・隠物を媒介とした村々の強いつながりがあり、戦時だけでなく日常的に様々な共同の場・連帯のネットワークが見えてくることを明らかにしている。


以上のように本書では、戦争の危機にさらされた戦国の村における、人とモノの危機管理術を明らかにしている。著者はこうした習俗について、考古学・西洋史・中国史といった学際的・比較史的な観点を用いて明らかにしている点が特徴的であり、特に城の避難所としての機能については、中国やヨーロッパとの比較がされている。
古代中国の城郭都市は、領主の住む「城」と民衆の居住地=「郭」という二重構造になっており、中世ドイツの城郭(ブルク)も城主が住む城館と戦時に領民が緊急避難する広い区画を設けていた。著者はこういった海外の事例との比較から、日本の城にも民衆が避難する区画が存在すると仮定する。そして戦国期北条氏領国や九州の城館の事例を検証し、戦国の城に村びとの避難所としての機能があったことを見出しているのである。
また著者は、「領主と領民の間には、保護と奉仕の、いわば双務関係が成り立っていて、領主が保護責任を怠れば、領民も奉仕の義務を放棄する」という西南ドイツの慣習法を取り上げる。それを踏まえて、戦国日本においても村々が領主の城の維持管理に携わっていたことと、領主の城が民衆の避難所として機能したことが双務的な関係にあることを示唆している。
このように著者は、比較史の観点から戦国時代の城を見直し、領民を城郭において保護する領主の姿を見出しているのである。こうした比較史の視点については、著者の『戦国民衆像の虚実』(高志書院、2019年)でも述べられている。



気になったところ

先述した、民衆を城で保護する領主(城主)と城の維持管理に務める民衆の双務的関係については、疑問点も抱いた。
村は普請箇所を割り当てられ、城のメンテナンスにあたったが、こうした村が実際に戦時になると領主の城に避難したのか。領主の城に避難した人々は、城下周辺の町人が多かったのではないのだろうか。城の維持管理と城への避難が対応関係にあったかどうかは、本書中で取り上げられている史料のみからでは読み取れなかった。この点は個人的にも再考してみたい。

文庫版の本書では、城郭考古学者の千田嘉博氏が解説を担当している。この文庫版解説は、WEBでも読むことができる。

この中で「惣構えなど城の外郭が、民衆の避難の場であることを主たる目的にしたかも、検討する余地がある。」と指摘されているように、城の外郭の広大なスペースの存在のみから民衆の避難所としての役割を判断するのは、慎重となるべきであろう。


本書は、戦国大名の支配拠点として位置づけられてきた戦国期の城館に、民衆の避難所としての機能を見出したところに意義がある。外曲輪・惣構えのような城館構造の役割や、城をめぐる領主と領民の双務関係については、まだまだ考える余地はあるように思われる。本書は戦国社会における城の役割について探究の幅を広げる一冊である。



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