非城識人ノート

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藤井讓治著『人物叢書 徳川家康』(吉川弘文館、2020年)

藤井讓治著『人物叢書 徳川家康』(吉川弘文館、2020年)、読了。徳川家康の生涯を古文書・古記録などの一次史料に基づき、時系列に従って淡々と描いた1冊。

藤井讓治著『人物叢書 徳川家康』(吉川弘文館、2020年)

概要と感想

本書は、徳川家康の一生を一次史料に基づいて時系列的に、そして当人の居所を明らかにしながら、叙述された1冊である。徳川家康の生涯を叙述した概説書は様々あるが、本書はその中でも良い意味で個性が無く、それがむしろ異彩を放っているともいえる。家康の概説書はその筆者の家康観や家康研究の一視点が提示されていることが多いが、本書はそうした色が薄く、学術書というよりも一冊まるごと家康年表といってもよい。そのため、前後の動きとは関連のない日常的な事柄についても時系列に従って記すことを徹底している。家康の人生における様々な事柄が同時に進行していたことを包括的に理解したいという本書の方針が反映されているといえよう。
したがって、家康の行動の中で今まで著名ではなかったものまで明らかになってくる。例えば家康は慶長16年(1611)に京都から駿府に戻ってから、同19年(1614)に大坂冬の陣へ赴くまでに鷹狩を頻繁に行っている。特に慶長16年の11月に息子義直の疱瘡を見舞うために駿府に向かったが、その道中では鷹野を楽しみながらゆっくり進んでいる。この時期の家康はどこかに移動する際には必ずといって良いほど鷹野を繰り返している。そんな家康の様々な一面を本書では一つひとつ拾い上げて羅列している。
本書を関ヶ原合戦まで通読すると、そこはまだ本文の分量の半分までしか到達していないことに気がつく。関ヶ原合戦の時、家康は59歳。ほぼ還暦の年齢で天下分け目の合戦に臨んでいることにも改めて驚かされるが、合戦後から大坂の陣までの十数年間で彼が成し遂げた業績が、それまでのものと比肩するほど膨大であったことにも目を見張るものがある。他の家康の概説書では、関ヶ原合戦は叙述の終盤であるか、もしくは関ヶ原合戦後から大坂の陣までの政治史をメインに据えたりするものだ。しかし本書では家康の事績を時系列順に淡々と羅列することに徹しているため、却って彼の事績を紙幅の分量から客観的に見直すことができる。本書は家康の生涯を見直し、新たな視点から家康を再評価する際の基礎データとして有用な1冊でもあるのだ。


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