非城識人ノート

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藤井讓治著『徳川家康 時々を生き抜いた男』(山川出版社日本史リブレット人、2021年)

藤井讓治著『徳川家康 時々を生き抜いた男』(山川出版社日本史リブレット人、2021年)、読了。一次史料に基づき、家康の一生を74年という長い生涯のその時々や勝ち取った政治的位置・社会的位置に焦点をあてて描いた1冊。

藤井讓治著『徳川家康 時々を生き抜いた男』(山川出版社日本史リブレット人、2021年)

概要と感想

本書は、家康の長い一生を、後世の様々な家康像を作り上げた軍記物語や編纂物によらず、同時代の古文書・古記録から描き直したものである。筆者は本書出版の前年に、『人物叢書 徳川家康』(吉川弘文館、2020年)を出しており、本書はいわばそのダイジェスト版といえる。人物叢書と比較して通読すると、関ヶ原後の外交史の事績が簡素に叙述されており、本書では国内の政治史に焦点をあてて、細かい出来事については取り上げられていない。一方で、山川出版社のリブレットシリーズは、ページ上部の注釈が充実していることが特徴であり、本書もその例に漏れない。人物叢書では詳しい説明のなかった人物・事柄についても本書では個別に説明されていることが多く、初学者にも読みやすくなっている。
本書では、信長と家康の政治的位置の変化や、秀吉と家康の政治的位置の変化を重視している。両者が同等である頃から信長や秀吉が家康よりも優位になる頃への変化を分かりやすく叙述している。特に人物叢書や本書においても、慶長4年閏3月13日に家康が伏見城西の丸に入城したことについて、奈良興福寺の多聞院英俊が彼の日記に「天下殿になられ候」と記したことを重視する。五大老の体制が弱まり家康の権限が大きくなる様子が分かる証左であり、家康の豊臣政権における位置が変化した瞬間でもある。関ヶ原以前から家康が「天下殿」とみなされる風潮があったという、その時代の空気感が伝わってくる。
このように本書では、家康の生涯を一次史料に基づきながらもコンパクトにまとめられており、家康の入門書として一読の価値がある。


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