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笠谷和比古著『徳川家康 われ一人腹を切て、万民を助くべし』(ミネルヴァ書房、2016年)

笠谷和比古著『徳川家康 われ一人腹を切て、万民を助くべし』(ミネルヴァ書房、2016年)、読了。家康の生涯を叙述し、その人物像や政治思想の解明を試みる1冊。

笠谷和比古著『徳川家康 われ一人腹を切て、万民を助くべし』(ミネルヴァ書房、2016年)

概要と感想

本書は、徳川家康の生涯における事績を追い、彼の人物像や政治思想などにも触れた、重厚な伝記である。
日本史研究者が家康の生涯を叙述した概説書は複数あるが、本書はその中でも重厚であり、読み応えがある。しかし、内容を通読すると、家康の事績を丹念に追いかけているが、『三河物語』をはじめとする後世の編纂物を典拠とした記述も多い。特に、家康の前半生(秀吉への臣従以前)に関する記述は、もちろん同時代史料に基づくものもあるのだろうが、その典拠が示されていないため、著者の推測に基づく叙述か、史料に基づいた記述かの判断がつかない。ただし『三河物語』を所々で多用しており、近世における家康のイメージを知ることができる点では読みごたえがある。
ブログ主の分を超えた物言いをしてしまったが、本書では、著者の関心のある事柄に関しては、詳しく検討されており、興味深く著者の考察部分を読むことが出来た。特に「徳川家康」への改姓問題やいわゆる二重公儀体制などは考察が行われている。また天正16年の聚楽第行幸時に見える家康の源氏改姓や前年の左近衛大将任官をもって、「豊臣関白政権下での事実上の将軍制」を志向していたという推察を行う。より詳細に慎重に検討を要するものであるが、家康が秀吉への臣従直後から天下取りの野心を抱いていたという考察は、興味深い指摘といえるだろう。関ヶ原合戦をはじめとする合戦の推移に関しても多くの推察から合戦像を導き出そうとしている。
本書では家康の人物像の解明も試みている。特に家康の趣味や嗜好に関して述べられた終章は面白い。家康といえば薬の調合も自身で行う健康オタクのイメージや、吾妻鏡を愛読していたという学問好きのイメージが持たれるが、趣味として能楽(申楽)に打ち込んでいたという一面はあまり知られていない。本書では、こうした趣味・嗜好の面から家康の文化的な一面を引き出そうとしている。こうした点は、他の家康の概説書では多くは触れていない。家康の事績を追うだけでなく、その中で垣間見れる人物像についても見落とさないところが、本書の最大の特徴といえよう。

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