非城識人ノート

日本の城、中世史、読書、思いつき…など

宮本常一著『忘れられた日本人』(ワイド版岩波文庫、1995年)

宮本常一著『忘れられた日本人』(ワイド版岩波文庫、1995年)、読了。日本全国を旅して調査した民俗学者の著者が、各地で集めた民間伝承を、伝承者本人たちの証言・ライフストーリーを交えながら記し、彼らがどのような社会を生きてきたかを描き出す1冊。

宮本常一著『忘れられた日本人』(ワイド版岩波文庫、1995年)

概要と感想

民間伝承の世界は魅力的である。ブログ主は文献史学を専攻していたこともあり、伝承に対しては懐疑的な目線で見ていた。しかし、本書を読むと、書物には記されていないような人間の生き生きとした記憶や知恵・生活が蘇ってくる。
本書の特徴は、各地の民間伝承を、伝承者本人の言葉で語らせているところである。各地の習俗や風習、文化を知識として解説されてもどうしても知識のままに終わってしまう。一方、人の経験に基づいて語られると、その習俗が生活の身近に存在した実感を与えてくれるし、読者も追体験した気分となる。伝承者本人の生の証言からは、一人の人生が大きな歴史の流れの一滴であることを感じさせる。
本書では、村の寄合や民謡、田植えでの笑話・夜這い・世間師と呼ばれた人など、現代ではほとんど見られなくなった慣習・風俗が紹介されている。ブログ主は特に土佐源氏の話が印象に残った。馬喰の人たちの生活や行動を今まで知る由もなかったため、その証言には驚かされることばかりであった。村に代々定住して生きる者、身分や出自の違いで村に居られず各地を遍歴した人々、本書では身分制や年齢階梯制が色濃く残る社会の人々の息遣いを感じられる。
本書巻末の網野善彦氏の解説でも触れられているが、本書では「無字社会」を生きる人々の生活を明らかにしている。歴史上に残る文献史料は権力者によって支配のために発給されたものが多い。しかし、歴史上には文字が書けない人々が多く存在したはずであり、文字の資料として残っていないからといってこうした人々の動向を無視できない。当時の社会を明らかにするには、こうした人々の動向について想像力を働かせて推測を加える必要がある。本書はその大切さを教えてくれるようである。
最後に著者があとがきに記した一文を紹介したい。

一つの時代であっても、地域によっていろいろの差があり、それをまた先進と後進という形で簡単に割り切ってはいけないのではなかろうか。またわれわれは、ともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる人々を卑小に見たがる傾向がつよい。それで一種の悲痛感を持ちたがるものだが、御本人たちの立場や考え方に立って見ることも必要ではないかと思う。


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