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本多隆成著『徳川家康と武田氏』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2019年)

本多隆成著『徳川家康と武田氏』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2019年)、読了。
今川領国への侵攻から武田氏の滅亡まで、武田信玄・勝頼二代わたる抗争を中心に、徳川家康の前半生を、最新研究に基づいて叙述する一冊。

本多隆成著『徳川家康と武田氏』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2019年)

概要と感想

本書は、前述のごとく武田氏滅亡までの徳川家康の前半生を叙述するものである。徳川家康といえば、来年の大河ドラマの主人公でもあり、近年では研究が進んでいる。著者が『定本徳川家康』(吉川弘文館、2010年)を著して以来、笠谷和比古著『徳川家康』(ミネルヴァ書房、2016年)、柴裕之著『徳川家康』(平凡社選書、2017年)が刊行され、また本書の刊行後には、藤井譲治『人物叢書 徳川家康』(吉川弘文館、2020年)も刊行されており、徳川家康の一生の見直しが進んでいる。しかし、長大でダイナミックな家康の生涯は、一冊の概説書で語りきるにはあまりに紙幅が少なく、膨大な研究をまんべんなく反映してその生涯を書き切ったものは少ないといえよう。そこで本書は、最新の研究状況を取り入れながら(時には批判も交えて)、家康の前半生をまんべんなく叙述している。その執筆姿勢は、次の一文に現れている。

筆者は、論文においてはもとより、概説であっても、研究史を重視すべきだと考えている。研究というものは、真摯な批判と反批判とを通じて一歩々々進んでいくものであり、そのような先人の努力の跡が研究史である。正確な研究史理解を抜きにしては、研究の進展を図ることはできない。
誤解のないようにあえて一言すれば、筆者は通説によることを悪いといっているわけではない。通説を批判した新説が認められれば、その新説は新たな通説になり、それまでの通説は旧説になる。もし、その新説が成り立たないということが明らかにされれば、それまでの通説がそのまま生きるのである。それゆえ、通説によるのであれば、新説への批判が必要だといっているのである。それなくして、安易に通説(旧説)によるのでは、研究史に対する誠意ある対応とはいえず、研究史を後退させるものといわなければならない。(p.119~120より)

実際に本書では、桶狭間の戦い足利義昭の研究状況、信玄・家康の今川領国侵攻、武田信玄遠江侵攻経路とその目的、長篠の戦い松平信康事件など、研究史上論点がわかれるポイントに関しては、従来の説や近年の説を簡潔に紹介した上で、自身の立場を明らかにし、時に自説を修正している。また、研究状況を把握せず通説を採用するだけの他の概説書に対しては時折厳しい態度を表している。ただでさえ家康の概説書は、その生涯を叙述するだけで精一杯なものが多いが、本書は他の概説よりも徹底的して、近年の研究状況を紹介し自身の説を明らかにしているといえよう。著者の真摯な執筆を堪能するだけでも、本書を一読する価値がある。

また本書は、家康の前半生だけでなく、家康と抗争を繰り広げた武田氏や今川氏・北条氏、近年研究が進む足利将軍家織田氏など、同時代の動向を巨視的に描いており、同時代の中における家康の立場を俯瞰することができるのも特徴の一つである。今後、ますます家康関連の本が刊行されることが予想されるが、情報量の多い家康の生涯をどのように書き出すのか読み比べる際に、本書は必読の一冊といえる。

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