非城識人ノート

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村井良介著『戦国大名論 暴力と法と権力』(講談社選書メチエ、2015年)

村井良介著『戦国大名論 暴力と法と権力』(講談社選書メチエ、2015年)読了。
戦国時代における暴力と法といった権力論の課題から、戦国大名という規定やその特質を明らかにする1冊。

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村井良介著『戦国大名論 暴力と法と権力』(講談社選書メチエ)

概要と感想

本書の序盤では、戦国大名や戦国領主(国衆とも)と呼ばれる領主権力に関して、どちらも独自の「家中」と「領」を持つ存在であり、戦国領主が戦国大名と同格の存在であり、両者の関係が戦国期の権力構造や支配体制の特質を考える上で、重要な論点としている。次に戦国大名の支配体制の成り立ちについて分析する際には、暴力のよる支配と正当性を帯びた法的・公的な支配の二つの側面を対極におく二元論として論じられがちであるとしている。これは戦国期研究において、中世の恣意的暴力的支配から近世の法的機構的支配への転換期としての見方がおこなわれているため、戦国大名がどれだけ中世の暴力的・私的支配を克服し、近世の法的支配に近づいているかを測るという方法で論じられているとする。筆者はこうした二元論的な手法を見直し、戦国社会における権力関係のなかに法と暴力の問題がどのように位置づけられるのかを考察する。

本書の主旨としては、暴力と法(正当性)は切り離せないものであり、支配状態をつくり出すのに両者は複合して重要な役割を果たしているとしている。こうした支配状態の前提には、在地領主が一般農民と結ぶ主従関係や、その他の一般農民への在地領主の政治的圧力のような、社会に張り巡らされた無数の関係性(構成的支配)がある。こうした無数の関係性は、経済・政治状況や軍隊によって左右される流動性・可動性をもっており、この可動性が軍隊による暴力などによりせき止められることで支配という状態・秩序が出現する。
戦国期には、所領が「~職」と表示され、それが将軍や守護によって安堵されているというような室町幕府―守護体制の秩序体系・法・制度への信憑性が揺らぎ、「職」秩序に依拠しない実力占有が多発する。そのなかで郡などの既存の枠組みとは無関係に、軍事的・政治的な条件によって「家中」や「領」が規定され、戦国大名分国が出現する。このように室町期の秩序が流動化し、可動性の高まった権力関係のなかで暴力が前景化する。軍事的優位な戦国領主や戦国大名とその支城主らが諸領主層を再編し、「家中」という擬制での固定化・軍事的制服の結果としての「領」の形成が行われ、新たな秩序が構築されたが、これは軍事的な情勢の変化によって流動化しやすい、可動性を大きく残したものだった。こうした可動性は、統一政権による自力の否定が完了されることで抑制される。豊臣政権は四国出兵・九州出兵・小田原攻めにおける暴力の行使によって、法秩序の受容を迫った。このように法秩序の再編にあたって暴力は中心的役割を果たしており、戦争のない近世社会の中でも法秩序に服さない者に対して制裁を加える際の回避選択肢として暴力が存在していた。暴力と法は対極にあるものではなく、中世・近世の別なく両者は不可分なものであり、戦国期は法の根源にある無根拠な暴力が露出した社会であった。戦国大名や戦国領主はこうした社会に対応した特質をもつ権力であったのである。


本書を読んで、戦国大名や戦国領主という概念・枠組みや戦国時代そのものを、権力論の視点から考え直すきっかけを掴んだような気がした。これまで読んできた戦国大名に関連する書籍は、史料に基づく具体的な歴史的事実の整理が主となっているものが多く、より広い視点・大きな概念の段階から戦国時代を考える機会は少なかった。しかし、本書は戦国時代における権力関係の動きの抽象化を試みることで、大きな枠組みから同時代を見直し、特定の人物が果たした役割よりも社会全体の動きを冷静に俯瞰する。そして権力のもつ暴力と法秩序の2つの側面の関係性から、戦国時代の再定義を行っている。こうした大きな枠組みからの戦国時代の検討は、具体的(あるいは特異的)な歴史的事実を捨象してしまう可能性もあるが、具体的な事実関係の整理のみでは戦国期における大きな胎動はわからない。抽象化された大きな枠組みからの検討と、具体的な事実関係の確定は、歴史研究における車の両輪のようであり、特に前者の視点を忘れないようにしたいと感じた。本書を読んで、戦国時代全体の理解が深まった。

気になったところ

城館を研究しているブログ主としては、城館の役割を検討するにあたり、暴力と正当性の問題は考えないといけないものだと感じた。城は単なる軍事拠点なのかという「城とは何か」論や、城と聖地に関する議論は、まさに城館に見る権力の正当性に関わる議論といえる。しかし、城という場において暴力の側面は排除できない。本書でも指摘されるように、暴力と正当性の二元論に陥らず、両者が不可分の関係である点を考慮して、城館という場も検討しなければならないと感じた。これは中世から近世における城の役割の変化や、城割りといった習俗、避難所としての城の役割を検討する際にも、忘れてはならない視点であると考えた。