非城識人ノート

日本の城、中世史、読書、思いつき…など

すぎなみの地域史4杉並@杉並区立郷土博物館

先日、杉並区立郷土博物館(本館)にて行われている企画展「すぎなみの地域史4杉並」を拝見しました。

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杉並区立郷土博物館

本展は、杉並区内の4つの地域(和田堀・高井戸・井荻・杉並)それぞれの歴史や文化を掘り下げるシリーズ展示「すぎなみの地域史」の第4弾だそうで、旧杉並町域に関連した歴史・文化を紹介する展示となっていました。古代から近現代までの資料を展示するものでしたが、その中でも戦国時代の古文書が数点展示されていると聞き、足を運びました。

1点目は、中野区指定有形文化財天正4年小田原北条氏朱印状(堀江家文書・宝仙寺蔵)で、江戸城の塀が破損した場合に、塀4間分の修復を阿佐谷の百姓中に割り当てることを命じた朱印状でした。この文書では、塀の修復は3人の奉行の命令に従い3日中に行うこと、奉行から修復に従事したことの証明書をもらうこと、奉行人らの言いがかりや不正があれば、小田原城へ直訴するように定めており、江戸城修復の具体像が浮かび上がるものでした。江戸城の「中城」という部分の塀修復に関わる史料ですが、江戸城の「中城」が現在のどの部分なのか、個人的に興味深い点でした。

2点目は、同じく中野区指定有形文化財天正12年小田原北条氏朱印状(堀江家文書・宝仙寺蔵)でした。この文書は、「正木棟別麦」について、毎年納めている数量のうち8俵を期限までに小田原城へ届けるよう、中野・阿佐ヶ谷の小代官・百姓中に命じたものです。「棟別」は家数に応じて賦課された棟別銭のことであり、「正木棟別麦」は麦を対象としたものと思われるため、現物の麦で税を納めることを命じたものだとみられます。当時の北条氏の税収取方法を知るうえで貴重な史料の一つだと思いました。北条氏は大規模な徳政を行ったことでも知られますが、当時「麦」で納めることにどのような意味があるのか、もう少し考えてみたいです。

3点目は、同じく中野区指定有形文化財天正18年豊臣秀吉朱印状(堀江家文書・宝仙寺蔵)で、豊臣秀吉天正18年に小田原北条氏を攻めたときに、「中野郷五ヶ村」へ発給した禁制の朱印状でした。「中野郷五ヶ村」は、一般に中野・上沼袋・下沼袋・阿佐ヶ谷・和田とされるそうです。同様の4月日付の秀吉の禁制は相模国上野国にも発給されているようで、秀吉の関東進出にあたり大量に発給されたみたいです。

本展で紹介された中世文書は、3点とも戦国期の小田原北条氏に関わるもので勉強になりました。特に3点とも「阿佐ヶ谷」の地名が見られたことが興味深かったです。郷土博物館の常設展示では、中世に「阿佐ヶ谷」の地名を名字とする武士の名前が史料に見えるとの解説もなされており、当時の阿佐谷の様相が垣間見れるようでした。

また本展では、当時の杉並地域の様相を知る資料として、貞治年代板碑(個人蔵)も展示されていました。杉並第六小学校西側の共同墓地にあった貞治年間(1362~1368)の板碑で、阿弥陀如来を示す梵字キリークと、花弁が配されているものでした。大円寺所蔵板碑(大宮八幡宮旧境内地)も貞治年代板碑と同様式だそうで、その共通様式から古道伝承上の地を結ぶ板碑として注目されているそうです。
現在の阿佐ヶ谷パールセンター商店街や南阿佐ヶ谷すずらん通り商店街を結ぶ通りは、「権現みち」と呼ばれる古道だそうで、本展の貞治年代の板碑は、この古道の付近にあったもので、同じ道を南下すると大宮八幡宮に至り、この付近で同様式の板碑が出土したようです。このことから「権現みち」は中世から使われていた可能性が考えられるようです。こうした板碑の存在から杉並の中世の様相・景観を復原できると考えると楽しくなってきます。ちなみに「権現みち」と呼ばれるこの古道を北上すると、鷺宮駅の西側を通って練馬城址である旧豊島園の近くにある円光院まで通ずるそうで、また南下すると高千穂大学の正門前を通過して府中道(現、人見街道)にまで至るようです。

本展での中世の資料は、たった数点だったにも関わらず、杉並地域の中世の様相・景観を考えるヒントが多く、非常に面白かったです。また杉並に来る際は、この古道を歩いてみたいと思いました。

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「すぎなみの地域史4杉並」チラシ(表)
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「すぎなみの地域史4杉並」チラシ(裏)

ブログ主自身、杉並区立郷土博物館に初めて訪問しましたが、常設展示もこじんまりとしていながら、豊富な情報量で杉並区の歴史を概観できるものでした。博物館の敷地では、長屋門や古民家の屋外展示もあり、見どころは多いです。また荻窪駅に程近い天沼弁天池公園の一角には郷土博物館の分館もあるようなので、いつか訪問してみたいです。

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「今川氏と杉並の観泉寺」展示図録

帰り際に、企画展「今川氏と杉並の観泉寺―観泉寺文書を中心として―」の図録を購入しました。観泉寺は以前に訪問したことがあるのですが、近世今川氏についての知識についてはまだ疎いので、勉強したいと思います。

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