非城識人ノート

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高橋秀樹著『中世の家と性』(山川出版社日本史リブレット、2004年)

高橋秀樹著『中世の家と性』(山川出版社日本史リブレット、2004年)読了。
「家」を単位とする社会へ移り変わった中世。同時期の文献資料や絵画資料から、結婚や居住、家の継承や家産の相続、家内のジェンダーなどの様相を探る1冊。

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高橋秀樹著『中世の家と性』(山川出版社日本史リブレット)

前回、『今川のおんな家長 寿桂尼』(平凡社)を読んだので、関連する文献として一読した。

概要と感想

本書では、主に中世の貴族の古記録を中心に、「家」における男性と女性の役割を解き明かしている。「北条政子」という名前は同時代に見られる表現ではなく、江戸時代以降に実名不詳の女性に対して当人の出身の家の名前「○○氏」と用いられたことから、昭和期に実名が明らかな政子にも準用されたものとしている。著者は現行で使用されている歴史上の人物(特に女性)の名前にも、こうした近世・近代の家族観が反映されているとし、同時代の史資料から家と性の問題を探る必要性を述べている。

古代社会から中世社会への移り変わりは「氏から家へ」の変化とされる。中世に至っても氏の名は生まれながらのものであったが、名字は現住所を示すものであり、婚姻や移住によって変化するものであった。よって北条時政の娘も、北条に居住していた頃は「北条の姫」と称されることはあっても、鎌倉に移り将軍の家を作り上げてからは北条の名字を称することはなかった。
中世の家では、結婚が行われると基本的に夫方居住形態となるが、父子は別居することとなる。公家の経済力が弱まった南北朝以降も、同一敷地でも子息夫婦は新居を設け、二世帯型の住居の形をとったという。

中世の「家」は一つの組織体として、家産をもち、家業を営んでいた。貴族の家では家の継承の際に、家の文書や祖先の日記を継承する。これは、貴族の家が特定の官職と「家」の職能が結びついた結果、政務や儀式を行う上で先例を参照するためである。文書や日記を継承された嫡子が家を継承したが、女性はこうした相続からは排除されていた。

中世貴族の家では、夫婦それぞれが財産・所領等を有しており、妻も経済力をもっていたが、その財産の運用については、家長である夫とその家政機関が家計を担う場合があった。しかし、妻は家中の「食」を取り仕切っており、台所事情の家計について妻は関与していた。これは絵巻にも女性が火を使い、煮炊きをしている様子が見て取れ、食器などの日常的な物品の管理も行っていたようである。

最後に天皇家における性について述べられている。南北朝時代以降、皇后・中宮という存在がなくなり、天皇に仕える禁裏女房が天皇と性的関係を持ち、性が「家」に閉じ込められ主従化していたことを明らかにしている。

本書では、主に貴族の古記録や絵巻などから、近世・近代の家族観のイメージとは異なる、中世の家と性の様相を明らかにしており、非常に興味深く読むことが出来た。しかし、本書では天皇や貴族の事例が多く扱われていた。戦国時代に家督を相続した特殊なケースとして井伊直虎の事例も提示されたが、近年直虎の研究も進展しており、再検討の余地もあると思われる。中世の武士社会、特に戦国大名家での女性を物語るものとして、寿桂尼に関連する豊富な史料は、貴重なケースだということを感じた。鎌倉将軍家や室町期足利将軍家における女性の動向についても、今後自身の見識を深めてみたい。

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