非城識人ノート

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黒田基樹著『今川のおんな家長 寿桂尼』(平凡社、2021年)

黒田基樹著『今川のおんな家長 寿桂尼』(平凡社、2021年)読了。
戦国大名今川家の当主代行を務め「おんな戦国大名」とも称される寿桂尼の生涯を、彼女の発給した文書や公家の日記から丹念に検討し、戦国大名家における「家」妻の地位を明らかにする1冊。

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黒田基樹著『今川のおんな家長 寿桂尼』(平凡社)

概要と感想

本書の序盤は、寿桂尼周辺の家族関係の確認からはじまる。寿桂尼の実家中御門家の人々や、夫氏親の姉の嫁ぎ先である正親町三条家の人々など、氏親・寿桂尼の多くの縁者が駿府に下向しており、当時の駿府の繁栄がしのばれた。また、寿桂尼所出の子は、長女吉良義堯妻・長男氏輝・次女中御門宣綱妻・三女北条氏康妻・四男今川彦四郎としており、四女瀬名貞綱妻・次男恵探・三男義元は庶子と推定している。近年寿桂尼の子をめぐる研究の進展により、戦国期今川家の家族構成が徐々に明らかになっている。

本書の特徴は、寿桂尼の発給した27通の文書全ての読み下しと現代語訳を載せ、逐次解説を行っていることである。今川氏親が死去し、息子氏輝の政務を代行したころの文書や、義元が当主となったのちに自身の家政支配のために出された文書など、今川家における立場の変化を発給文書から読み取っている。また、寿桂尼の父中御門宣胤の日記『宣胤卿記』や、三条西実隆の日記『実隆公記』、山科言継の『言継卿記』からも寿桂尼の動向を追い、寿桂尼の居所や今川家の「奥」の様子など、限られた時期の記録にもかかわらず、様々な情報を読み取っている。

寿桂尼は、当主氏輝が政務をとれない時期に、断続的に政務を代行していたが、彼女による保証は当座のものであり永続的なものではなかった。しかし寿桂尼は今川家の「家」妻として、当主の妾を含む「奥」の統括や当主への取り成し、子どもたちの処遇の差配、近親一族の菩提の弔いを行い、他大名との外交にも関与していた。こうした寿桂尼の事例から、戦国大名家における女性のあり方や、家権力の変質について考えさせられた。鎌倉時代の北条雅子や室町時代日野富子、江戸時代の春日局など、日本史上の女性のあり方を考える上で指標となる人物のうち、寿桂尼はまさに「中世から近世へ」移行する時期において、検討の余地がある人物に思われた。

気になったところ

個人的には、今川氏親の弟と伝わる、今川心範という人物が気になった。まだまだ心範という人物に関する考察は深められていないように思われる。個人的に考察を深めておきたい人物として、ここにメモしておく。


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