黒田基樹著『下剋上』(講談社現代新書、2021年)
黒田基樹著『下剋上』(講談社現代新書、2021年)、読了。家臣による主君のすげかえ・主殺し・主家の傀儡化など、戦国時代に全国で行われた主な下剋上の事例を紹介し、その特徴を探る1冊。
*概要と感想
下位の者が上位の者にとってかわる。「下剋上」は現代でも耳にする言葉であるが、歴史上で最もイメージされやすいのは戦国時代であろう。本書では、戦国時代に下剋上を成し遂げた武将たちの事例を取り上げ、それらに共通する特徴や背景を見ようとしたものである。本書では、長尾景春、伊勢宗瑞、朝倉孝景、尼子経久、長尾為景・景虎(上杉謙信)、斎藤利政(道三)、陶晴賢、三好長慶、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の事例を紹介しており、戦国時代の初期から終焉まで東から西までまんべんなく下剋上の事例に当たっている。その中では、伊勢宗瑞のように下剋上の代表例というイメージから修正を必要とするものも含まれており、後世の軍記物で語られる下剋上のイメージにとらわれず、史実に即して実態をとらえようとしている。
本書を通読していて興味深かったのは、下剋上をした後の対応の特徴である。主殺しや傀儡化・追放を成し遂げたとしても、自身の政治的地位を確保し続けるのは、難しい。そのために室町幕府からの国主・守護家相当の家格の獲得が必要であった。戦争が恒常化し、身分秩序が改編する戦国時代であっても、身分制社会に基づいて下剋上が行われた。(いや、むしろ身分制社会だからこそ下剋上という現象が起こるのは当然であるが)ただ主君を排除するだけでは下剋上とはならないということには改めて気づかされた。また、下剋上には事後の家中の支持も取り付ける必要があり、下剋上には反対勢力の反撃を受けるリスクも高かった。そのため主君を排斥した後に新たな当主を擁立している事例も多い。下剋上とは、身分秩序を破壊する行為なのではなく、身分秩序が前提となっている行為であることが本書を読むと実感できる。本書では様々な下剋上の事例が紹介されているが、やはりそれらの事例を通じて室町幕府の存在は決して軽視できない。戦国大名が家格を獲得するうえで重要であり、戦国大名は、中央に頼らず独力のみで政治的地位を確保したわけではなかった。本書は戦国時代における主な下剋上の事例を紹介し、共通する特徴を析出するという、今までありそうでなかった視点の分析が行われた点においても、その意義は大きい。