非城識人ノート

日本の城、戦国時代、中世史、思いつき…など

「御茶屋」「御殿」とは何か

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御茶屋」「御殿」は、近世初頭、将軍が宿泊・休憩する施設として知られています。


角川日本地名大辞典 別巻Ⅰ 日本地名資料集成』(角川書店、1990年11月)の中の「御殿」の項目において、御茶屋・御殿の端的な解説がされています。以下はその一部の引用です。


近世初頭、東海道を始めとする主要街道や江戸周辺の各地には鷹狩・巡察などの際に将軍が宿泊したり休憩するために街道筋や交通の要衝、寺社などに宿泊施設としての「御殿」や休憩施設としての「御茶屋」が設置されていた。その管理のために、御殿番(守)・御茶屋守なとが任命されていた。しかし、近世中期になると次第に使用されなくなり、廃止された。


御茶屋・御殿は、将軍が鷹狩・巡察の際に宿泊・休憩する施設であるようです。また『角川日本地名大辞典』では更に以下のように続きます。

御茶屋・御殿は、将軍の上洛や日光社参のために作られた御殿(街道沿いに設定)と、鷹狩用に作られた御殿(江戸からほぼ一日泊りの範囲内に設置)とに分けることができる。もっとも、江戸周辺の街道沿いのものは両者を兼ねているといってよい。また、御殿所在地には、中原・藤沢・小杉の各御殿のように代官の陣屋が隣接している場合がある。

以上のように、御茶屋・御殿は、将軍の外出・外泊の目的によって、その用途や立地も変化していることがわかります。また地方の行政拠点である代官の陣屋も併設されることもあるようです。御茶屋・御殿は、将軍が地方の人々と交流することができる場であったかもしれません。

まとめ

角川日本地名大辞典』の解説を以下に整理して、本エントリは終わりたいと思います。

「御殿」・・・宿泊施設
御茶屋」・・・休憩施設

・近世初頭~中期まで存在
・主要街道や江戸周辺の各地の、街道筋・交通の要衝・寺社などに設置
・将軍が鷹狩・巡察などの際に宿泊・休憩することを目的としている
・管理人として「御殿番(守)」「御茶屋守」を任命する

具体的な用途としては
・将軍の上洛・日光社参用の御殿(街道沿いに設置)
・鷹狩用の御殿(江戸からほぼ一日泊りの範囲内に設置)
※江戸周辺の街道沿いのものは両者を兼ねる
※御殿所在地には代官の陣屋が隣接する場合も

次回のエントリでは、御茶屋・御殿の研究を見ていきたいと思います。



【参考文献】

角川日本地名大辞典 別巻Ⅰ 日本地名資料集成』(角川書店、1990年11月)
P425~426「御殿」(斎藤司氏執筆分)