非城識人ノート

日本の城、中世史、読書、思いつき…など

祈念の島 中世文書にみる江島弁才天信仰@藤沢市文書館

先日、藤沢市文書館にて行われた収蔵資料展「祈念の島―中世文書にみる江島弁才天信仰―」を拝観しました。

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本展ポスター
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藤沢市文書館

 本展では、古河公方戦国大名北条家・徳川将軍家など、中世においても人々の信仰を集めた江の島の様相を、彼らの中世文書から明らかにする展示でした。
 本展は、藤沢市文書館で行われたこじんまりとした展示でしたが、古河公方や北条家の文書の展示が充実しており、見ごたえがありました。特に、江の島の岩本坊には、古河公方の初代から五代まで(成氏・政氏・高基・晴氏・義氏)の巻数請取状や礼状が残されており、古河公方家代々が江の島に祈祷を要請していたことがわかりました。その後の北条家も、江の島を保護し祈祷を依頼している文書が多く残っていました。特に(永禄4年)3月4日付北条康成判物は、江の島が大名権力に属さない「公界所」とした有名なものでした。また(天文13年)閏11月23日付の岩本坊江島遷宮寄進注文は、江の島での遷宮に必要な金品とその数量・寄進者名を記した書上であり、玉縄北条氏ゆかりの寄進者72名の名が見えたのが興味深かったです。この寄進注文の作成過程についても展示の中で解説があり、とても勉強になりました。
 本展で展示された文書の多くは、江の島の岩本院のものであり、江の島に伝承された文書の豊富さを感じることができました。本展では、出典目録も兼ねた展示解説書が配布されており、それぞれの資料の解説を復習することができました。藤沢市文書館では、石塚勝著『歴史をひもとく藤沢の資料 別巻 中世文書』など、文書館発行の刊行物も充実していました。当館には初めて訪問しましたが、藤沢の歴史を知る施設として、もっと知られてほしい場所でした。
 現在では江の島は観光地として知られる名所ですが、祈念の島としての江の島の様相を展示から学ぶことができました。まだ江の島には訪れたことがないので、訪問したいと思いました。

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よみがえる中世のアーカイブズ@神奈川県立金沢文庫

先日、神奈川県立金沢文庫にて行われた特別展「よみがえる中世のアーカイブズ いまふたたび出会う古文書たち」を拝観しました。

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本展ポスター
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神奈川県立金沢文庫

 金沢文庫は、鎌倉幕府執権北条氏の一族である金沢北条氏の北条実時が、菩提寺である称名寺に隣接して創設された私設文庫であり、現在の神奈川県立金沢文庫は、先の文庫に収蔵された資料を核として、称名寺文化財等を収蔵する歴史博物館です。今回の展示では、鎌倉幕府滅亡後に、称名寺金沢文庫から流出した資料のうち、大阪青山歴史文学博物館が所蔵する称名寺旧蔵資料について、金沢文庫ゆかりの文化財を、県立金沢文庫保管の関連資料と一堂に集めて展示したものでした。
 展示では、金沢貞顕の書状や金沢北条氏一族の書状、また称名寺の聖教類を記した目録など、金沢文庫の豊富なアーカイブズの世界を堪能することができました。また下総国下河辺庄など、北条氏が地方にもつ荘園に関する裁判関係の史料など、支配に関わる文書も多く展示されており、神奈川県立金沢文庫と大阪青山歴史文学博物館の双方の資料をつきあわせることで判明する歴史に触れることができました。もともとの資料群のかたちを復元することや、資料群の散逸・流出の状況・書誌学的な復元の重要性を再確認することができました。本展の図録はひとつひとつに釈文がついており、充実していました(ブログ主は未購入)。

 神奈川県立金沢文庫は初めて訪問しました。金沢文庫の中世文書や称名寺に限定した県立博物館は珍しく感じました。称名寺金沢文庫の資料群の規模の大きさが推察されました。

隣接した場所の称名寺にも訪れました。発掘調査や「称名寺絵図」から復元された浄土式庭園が素晴らしく、鎌倉時代の息吹を感じられました。

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称名寺と庭園

 また、称名寺の後背の丘陵にある北条実時や北条顕時・貞顕の墓所にも参拝しました。金沢文庫称名寺は、鎌倉時代を感じられるスポットとして、とても満足できる場所でした。

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称名寺市民の森の八角堂からの眺望

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早雲寺 戦国大名北条氏の遺産と系譜@神奈川県立歴史博物館

先日、神奈川県立歴史博物館にて行われた特別展「早雲寺 戦国大名北条氏の遺産と系譜」を拝観しました。

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本展ポスター
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神奈川県立歴史博物館

 本展は、早雲寺開基500年を記念した特別展で、戦国大名北条氏の菩提寺である早雲寺の寺宝・資料を展示し、北条氏一族が残した遺産と、その後の一族の動向にまで注目したものでした。
 本展では、早雲寺の関係資料かたら北条氏の政治と文化を窺える展示品が多く、見ごたえがありました。特に、関東(古河公方)足利氏が関東に作り上げた文化圏において、京都から招かれた関東画壇絵師たちの作品が展示されており、文化史から戦国期関東を見直すことができました。また早雲寺の住持たちやその法嗣たちの動向にまつわる資料もあり、早雲寺の末寺や塔頭の継承や、大徳寺住持への出世など、早雲寺が北条氏の政治や京都との関係・小田原文化に果たした役割を、早雲寺や末寺本光寺の文書かた解き明かしていました。
 そして、後半は豊臣秀吉による小田原攻めでの焼亡以降、早雲寺が、その住持や近世狭山藩北条氏・玉縄北条氏によって再建・復興されていく様相を、展示品から明らかにしていました。特に、近世の狭山藩北条氏が自家の由緒を形成する過程の中で、早雲寺の復興に尽くしていく様相が、展示資料から読み取れました。近世に残った北条氏一族が、戦国大名北条氏の由緒を確認し、再建に助力する姿に胸が熱くなりました。そして、著名な北条氏五代の画像に関しても、その伝来過程・制作時期から、狭山藩北条氏の系譜意識の芽生え・由緒の確認事業との関連がみられました。普段何気なく目にする戦国武将の画像についても、その背景には後世の人々の系譜意識・由緒形成の歴史があることを、画像の伝来・制作過程の分析から明らかにされており、非常に興味深く感じました。
 本展の図録も、充実しており、コラム・論考も読みごたえがありました。史料の釈文が付されていないのが口惜しいですが、北条氏の歴史を考えるうえで価値のある図録だと思います。

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本展図録

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中遠の古刹 真言宗西楽寺Ⅲ 年中行事@袋井市郷土資料館

先日、静岡県袋井市郷土資料館にて行われた企画展「中遠の古刹真言宗西楽寺Ⅲ年中行事」を拝観しました。

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本展ポスター
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袋井市郷土資料館

 袋井市春岡の古刹西楽寺が所蔵する古文書から、寺史を解説する全4回シリーズの企画展。今回拝観した第3回のテーマは「年中行事」で、近世後期の西楽寺で行われた行事や、江戸城で行われた儀礼について解説がなされていました。
 西楽寺の儀式書『年中行事扣』を丹念に読み解き、一覧表にまとめており、また西楽寺の公式行事ではない「馬とび」に関しても、他の資料から誕生の経緯を推測していました。また、西楽寺は5年に1度、江戸城への年頭挨拶を行っていましたが、その記録である『御年頭登城御礼記』や『年頭御礼勤番留記』(どちらも西楽寺文書)から殿中儀礼の様相・スケジュールや、購入品などの詳細を解説していました。
 本展は、西楽寺文書を丹念に読み解き、テーマ別に詳細な展示を構成しているため、寺の由緒形成や近世の寺院の在り方など、研究報告書としての価値も感じました。また、本展で配布されている展示解説や過去の展示解説も同館ホームページから確認可能であり、展示を拝観できない方にも親切な対応だと思いました。

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国立歴史民俗博物館監修・「性差の日本史」展示プロジェクト編『新書版 性差の日本史』(集英社インターナショナル新書、2021年)

国立歴史民俗博物館監修・「性差の日本史」展示プロジェクト編『新書版 性差の日本史』(集英社インターナショナル新書、2021年)、読了。2020年秋、国立歴史民俗博物館にて開催された企画展示「性差の日本史」の見どころを図版とともに紹介する1冊。

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国立歴史民俗博物館監修・「性差の日本史」展示プロジェクト編『新書版 性差の日本史』(集英社インターナショナル新書、2021年)

概要と感想

昨年、歴博にて行われた「性差の日本史」展は、ジェンダーの視点から日本の歴史を見直した展示として話題となった。ブログ主は拝観できなかったが、終了後も拝観しなかったことを後悔していたため、本書を通読した。
本書では、日本史における女性の役割を中心に、男性との区別が生まれた背景や、性の売買についての解説を、展示物の紹介を通じて叙述されている。図版が多く、簡潔な文章であるため、気軽に読むことができた。
古代や中世では、采女や女房といった、政治に関わった女性たちや、後家尼として家政を担った北条政子寿桂尼など、女性が果たした役割が述べられている。こうした政治に関わる女性としては、近世には大奥の女性たちが挙げられるが、大奥の空間でも男性役人が存在していたことが意外だった。早乙女なども挙げられていたが、女性の役割と思われているものでも、男性が関与している事例があることは、新たな視点であった。
また、性売買の歴史は、日本史の教科書でも扱われないものであり、新鮮に、そして深刻に読み込んだ。特に近代になって、娼妓が「自由意志」にもとづいて性を売るものとされたこと、社会からなくならない「身売り」の実態など、現代に通じる問題点も扱われていた。
本書では、海外では博物館がジェンダーをテーマとして取り上げることは当たり前だという、国際研究集会での様相も述べられており、驚きがあった。SDGsも叫ばれる現在であるが、こうした社会の問題点や多様性を目指して、博物館ができることは何か、博物館の展示を通して来館者に訴えること、歴史の展示を通して現在を相対化し・考え直す重要性など、博物館の役割についても改めて考え直された。

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天野忠幸著『三好一族―戦国最初の「天下人」』(中公新書、2021年)

天野忠幸著『三好一族―戦国最初の「天下人」』(中公新書、2021年)、読了。
戦国時代初期に畿内に進出し、足利将軍家細川氏と渡り合い、信長の上洛以前に将軍家の権威に拠らない政権を樹立した三好一族の興亡を叙述した一冊。

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天野忠幸著『三好一族―戦国最初の「天下人」』(中公新書、2021年)

概要と感想

 本書は、応仁の乱後からその活動が見られ始める三好一族を全体的に俯瞰し、それぞれの動向を追うとともに、三好一族の日本史上における位置づけを再評価している。そして三好一族の活動を通して、畿内地域の戦国史を整理しなおし、同時代における天皇家や将軍家の働きについても考察している。
 本書を拝読して感じたこととして、畿内から見た日本列島の戦国時代が、教科書のそれとは語り方が異なった点が興味深いところである。日本史の教科書などでは、応仁・文明の乱にて戦国時代に突入し、伊勢宗瑞や毛利元就が登場し下剋上をなしとげ、今川義元武田信玄上杉謙信などの戦国大名が乱立していくなかで、織田信長が登場して力をつけて畿内に進出するという流れで説明がなされ、一般的な日本史上の流れとして認識されている。三好氏に関しても下剋上の説明で登場するが、本文中に戦国時代全体の流れの中で説明されることは、まだ少ないだろう。しかし、本書では応仁・文明の乱後の室町幕府管領細川家の分裂状況を端的に解説する。そして、三好一族の動向が畿内戦国史の核となっていくと同時に、列島各地の戦国大名と連携を行って包囲網を形成するなどの政治関係に発展する様相を叙述することで、教科書や一般的認識から欠落した戦国時代の重要な1ピースを補完している。また、天皇家や将軍家・管領細川家といった権威が覆されるわけではなく、権威として存在し続けながら利用されていく様子を解説しており、単に「下剋上」の3文字では説明し得ない複雑な戦国史を考えるうえでの視点を与える一冊ともなっているとも感じた。
 三好一族をはじめ、天皇家や将軍家は信長によって排除、またはその力を失わされたため、中世の旧時代の人々とも思われる節がある。しかし、特に三好一族は信長よりも以前に、「天下」=畿内近国の静謐を担う政権の先駆者として、そして足利将軍家に取って代われる権力して認識されており、大名同士の利害調整に加わるなど中央政権の自負がうかがえる。こうした三好氏の存在は、信長の天下統一・秀吉の全国統一の前提として日本史上に位置付けることができる。本書では、三好一族の興亡を丹念に追うことで、それを立証するような一冊である。呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)とも合わせて再読したい。

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伊藤俊一著『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』(中公新書、2021年)

伊藤俊一著『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』(中公新書、2021年)、読了。
日本の中世社会の根幹を形成した荘園制について、荘園研究の成果を反映して、誕生から解体までの約750年の歴史を叙述する一冊。

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伊藤俊一著『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』(中公新書、2021年)

概要と感想

本書では古代に萌芽し、中世の土地制度の根幹となった荘園を、通時的に叙述する。
本書の中で

独立した小世界という究極の地方分権でありながら、小世界の一つ一つが中央に直結しているという、なんとも不思議な体制が成立したのだ(ⅰ~ⅱページ)

と述べられているように、荘園制のある社会は現代では馴染みのないものであるが、日本の原風景や地名などにその痕跡が残されている。
また中世特有の職の重層性から一円化への流れがとても分かりやすくまとめられていた。

日本の荘園の歴史、特に院政期以降の中世荘園(領域型荘園)の歴史は、小さな地域の自治権を最大に、国家や地方政府の役割を最小にした場合、何が起きるかという四〇〇年にわたる社会実験と言えるかもしれない。(262ページ)

この一文が特に印象に残った。荘園を考えることは、国家のかたちを考えることに繋がる。

日本史の教科書では、荘園が土地制度の説明がなされる中で触れられることが多いが、本書では荘園の変遷が日本史の流れの中に位置づけなおして叙述されているため、教科書の簡潔な説明からは読み取れなかった、荘園の実態を知ることができた。
本書を読むと、高校日本史の知識・用語と、日本史研究で扱われる専門用語とをリンクして理解できる。大学で中世史を学ぶ際の入門書・概説書としても、読みやすいように感じた。
ブログ主もまだ一読したのみであるので、今後さらに再読していきたい。

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